こんにちは。
たまこです。
「その辺の長屋の娘じゃあるまいし。」
母によく言われて、飲み込めずにいた言葉のひとつです。
何十年も経った今もまだ、心に残っています。
小学校3年生から、東京の区立小学校に通学しました。
それまでは宮城県で私立の小学校でしたが、父の転勤で東京に転校したのです。
お上品な私立女子校から、共学の公立校への転校は刺激的でした。
男の子から「おい!」「おまえ!」と呼ばれるのが新鮮で面白かったです。
私立でそんな呼び方をしたら、すかさずシスターが飛んできて、言葉遣いにお小言を食らうにきまっていましたから。
放課後には校庭でキックベースをして遊ぶのが楽しみでした。
バットではなく、ボールを足で蹴って行う野球のようなゲームです。
足で蹴ると、女性でも結構な大ヒットを飛ばすことができます。
男女入り乱れて遊んでいました。
本当は、放課後校庭で遊ぶことを、母から禁止されていました。
「高い月謝を払ってピアノを習わせているのだから、すぐに帰って練習しなさい。」
そう言われていました。
ピアノは自分の意志で習いたいと親を説得してはじめた習い事です。
ですから、母の言うことも理解はしていたのですが、小学生の私は、どうしてもキックベースや友達と一緒に遊ぶ楽しさを我慢することができません。
放課後になると走って校庭に飛び出していくほかの生徒と一緒に、キックベースに興じていました。
一人だけ帰ることは、どうしてもできませんでしたし、したくありませんでした。
汗をかいて校庭で楽しんでいると、垣根の向こうの歩道に人影が。
仁王立ちの母が私を睨んでいるのです。
見つかってしまった、叱られる。
そう思って、仕方なく、「私、帰るね」とランドセルを背負い、校門に向かいました。
母はじっと待っていましたが、無言のまま家に向かって歩き出します。
私はその後ろを、交わす言葉もなく、とぼとぼとついて行きました。
自宅は国家公務員の宿舎で、3Kの決して広くはないアパートの4階です。
妹弟と共に5人の家族がそこで暮らしていました。
放課後遊んではいけないとあれほど言ったのに、なぜ遊んでくるのかと叱られては、しょんぼりごめんなさいと言った記憶があります。
その後はピアノに向かい、1時間ほど弾いていました。
姿勢が悪かったり集中していなかったりすると、のれんの棒で母が後ろからぴしゃりと私の肩を叩きました。
一芸に秀でた人に育てたい。
母は良くそう言っていました。
校庭で遊んではいけない理由は、一芸に秀でた人間になれないからです。
他の子と同じように遊んでいてはいけない。
「その辺の長屋の娘じゃあるまいし。」そう言いました。
長屋って何?長屋ではなぜいけないのか?
さっぱりわからずでしたが、いい気持ちはしませんでした。
学校が終わってから、友達の家に遊びに行くこともありました。
当時流行っていたゴム飛びをしたり、雑誌禁止の我が家にはない「なかよし」という雑誌で漫画を読んだりしていました。
私は、門限が決まっていて、暗くなる前に帰宅しなければなりません。
遊びに夢中になって1分でも遅刻すると、玄関の扉には鍵がかけられ、中に入れてもらえません。
アパートの前に数本立ち並ぶ針葉樹が、風にゆさゆさと揺れるのを眺めながら、開かずの扉が開くのを待ちました。
他人と同じことをしていては、同じようにしかなれない。
その通りです。
でも、友達を見下すような、吐き捨てるような「長屋の娘」という言葉は嫌でした。
長屋の娘で何が悪い。
玲子ちゃんも陽子ちゃんも洋子ちゃんも、一緒に遊びたい学校の友達です。
友達も私も同じ人間なのに、なぜ長屋の娘なのか、なぜ長屋の娘ではいけないのか。
本当は悔しい、悲しい気持ちになっている自分に、当時は気づけませんでした。
悶々としていましたが、叱られるから、仕方なく言うことを聞いていました。
誰にもそんな気持ちは言えませんでした。
「そんなことを言うと人に笑われるよ」
ここでも母の呪いのような言葉が頭をよぎります。
大人になって、ゲシュタルト療法のセラピストになりました。
その勉強過程で、師匠のももちゃんが言いました。
「お母さんこそ、長屋の娘だったんじゃないか」
腑に落ちました。
母は満州からの引揚者です。
4人の兄弟と両親で生きていくのは、当時は大変だったに違いありません。
長屋に住んでいたとしても、不思議はありません。
「その辺の長屋の娘じゃあるまいし。」
どんな気持ちでこの言葉を吐いたのか、わかりません。
幸せを感じることの少ない子供時代を過ごしたために、
楽しそうな娘の姿を受け入れられなかったのかな、と推察しています。
子供は無力です。
経済力がありません。判断力も小さいです。
大人に言われた通りにふるまうしかありません。
苦しい、悲しい気持ちになっている子供をみつけたら、何を言っても安心安全な場を提供してあげてください。
そして、本当に感じていることを聞いてあげてください。
それだけで、ただつらい状況に耐え忍ぶだけでなく、生きる力が湧いてきますから。
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