毒母 毒親 

毒母の娘たまこのブログ

大人になっても毒母に苦しむ人を助けたい、たまこです。

毒親家庭の子供たちにとってステイホームは地獄である。

こんにちは。

たまこです。

 

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人に会えない日々、青空に癒される。

 

新型コロナウィルス感染拡大による外出自粛の影響は計り知れません。

大人も子供も、少なからずこれまでの生活リズムの大きな変更を余儀なくされています。

経済への影響は甚大です。

休業による減給、派遣社員の雇い止め、新入社員の内定取り消し、飲食店の閉店、など枚挙にいとまがありません。

政府が対策を講じる模様ですが、遅い、足りない、的外れの感もあり、

これを頼りに生き延びることが出来るのか、大いに不安を感じます。

 

 一方、経験のないパンデミックは、これまでにない新しい生き方を見つけるきっかけにもなりえます。

経験がないから、生き延びるために、人も会社もそれぞれ工夫するからです。

新しい生き方がみつかるためには、一人一人が、何か行動を、起こすことです。

些細な事で良いのです。

小さな小さな事で良いのです。

その一つが、原始的ですが、隣近所の助け合いです。

近隣の人との対話から生まれる、ちょっとしたサポートです。

住んでいる町内に、ちょっと手を差し伸べれば楽になれる人が、たくさんいるはずだからです。

 

例えば、普段話すチャンスのないマンションの隣の住人に話しかけるとか、

近所の一人暮らしのお年寄りの買い物を手伝うとか、

子供の同級生の親同士なら自宅学習に適したツールの情報交換をするとか、

近所のお年寄りを見かけたら、手伝えることがないか聞いてみるとか、

元気のない小学生を見たら声をかけるとか、

何でもいいのです。

 

毒親家庭の子供たちは、今本当にツライ思いをしている事でしょう。

学校にも習い事にもいかれず、毒親と一緒に過ごす時間が倍増しているからです。

私は子供の頃、1日も早く自宅を出たいと思い、耐えて耐えて時間を過ごしてきました。

学校に行く時間は、私にとっての息抜きでした。

土曜日にも授業があった当時、土曜日は休校になれば良いのにと話す友達の気持ちが、私には理解できませんでした。

学校の方が自宅よりよほど居心地よく、平和だったからです。

自宅は息苦しく、自分を押し殺して親の望むような子供のふりをしていました。

言いたいことを言い、やりたい事をすると、母の考えと常にぶつかったからです。

反論しようが何をしようが頑として譲らない母。

疲れ果て、諦め、面倒なので良い子を演じていたのです。

今、日本中の毒親家庭で、辛い思いをしている子供が、きっとたくさんいるはずです。

そう思うといたたまれない気持ちです。

私には、毒親を持つ子供たちの話を聞くことくらいしかできません。

しかしそれすらも、どうしたら会えるのか、

話してもらうことができるのか、わからずにいます。

 

毒親の子供たちは、辛くてもなかなか言い出すことができません。

この国では、親を敬い大切にする様に教育されてきたからです。

そんな相談をしようものなら、親を大切にしていない、育てて貰って何様だと思っているのかと非難されます。

やり場の無い気持ちが募るばかりです。

とてもデリケートな問題です。

 

隣近所で助け合うことが増えれば、

自宅軟禁状態に苦しむ子供たちが、家族以外の人と話す機会を持てるかもしれません。

少しは気が晴れるかもしれません。

昭和の頃の日本は、子供たちは隣の家に上がり込んで遊んでいました。

食事の支度をしながら、足りないお醤油をお隣に借りることもありました。

他人の子供でも、隣の大人に叱られました。

サザエさんの磯野家のようなイメージです。

元々、日本人はそういう文化をもっていたのです。

世の中がどんどん便利になるにつれて、そういった文化が薄れてしまったのですね。

 

私は何が出来るのか。

まずはこの拙いブログを続けること。

小さな活動が積もり積もって大きな変化に繋がりますから。

閲覧数が増えるように、ひと工夫必要ですけどね。

 

どうか心の健康が、限界に達することがありませんように。

 

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