こんばんは。
たまこです。
私は、ほかの人の声が、小さくて聞こえないとき、
とてもストレスを感じます。
小学生の頃、授業中に教科書を読む友達の声が小さいことが気になりました。
もっと大きな声で堂々と読めばいいのに。
そう思いました。
むしろ、あんなにもごもごと、小さい声で読むことの方が難しい、と思いました。
どうしてなのか、理由ははっきりとはわかりません。
母に気持ちが伝わらない日々、声だけでも大きくして、少しでも聞いてもらいたい。
そんな気持ちだったかなと、推察しています。
幸い、昔から、声が小さくて悩むことはありませんでした。
声が出ないと感じたことが、ほぼ、ないのです。
ところが、声に十分なボリュームがあって、相手に聞こえているはずなのに、伝わらないことがあるではありませんか。
それは、日々の母との会話です。
他の人の声が小さいこととは比較にならないほど大きなストレスでした。
大きいだけではだめで、もっと何かが必要なのです。
どうしたら良いのか、無意識に探していました。
このように相当前から、声に興味が芽生えていたのです。
大人になってから、ようやくボイストレーニングを習うチャンスに恵まれました。
吸い込まれるように、なんの迷いもなく、楠瀬誠志郎先生の声の学校breavo-paraに通い始めました。
声のトレーニングは、ストレッチが半分、実際に声を出すことが半分、です。
ヨガマットの上に正座。
聴いているだけでとても癒される豊かなBGMを聴きながら、心を静めます。
目を閉じて、目の前に広がる水面をイメージします。
両腕を上げ、指先から水中にザブンと飛び込みます。
体が浮いてきて水面に顔が出たら、腰を緩め、両手の指先を自分の方に向けて腕を伸ばし、目を閉じたまま天を仰ぎます。
アゴで首の筋肉を吊り上げるようにして、
しばらく体を弓のように反らせます。
日常生活では絶対にしないポーズです。
少しの間、この体勢で自分の体を感じます。
今日は首がこっているな、とか、
背中が痛いな、とか、
全身が堅いな、とか、
自分の体の様子に色々と気づきます。
毎日やっても、毎日様子が違います。
そのうちに、
最近の気になる出来事がふと頭をよぎり、
なんだ、私は悲しかったんだ、とか、
これはおかしいと思っていたんだ、とか、
本当はこう感じていたのか、ということに気づかされます。
涙が流れたこともあったっけな。
日頃酷使している体と対話し、労ることで、
本当の気持ちに出会い、
本当の声にも出会う、
そんな感じです。
自分が感じていることに気づくこと。
その感じていることを大切にすること、信じること。
それができなければ、
幸せにはなれません。
体はその人の今を表しています。
身振り手振りも、その人の今です。
声も、その人そのものです。
私はこれまで、必要以上に大きな声で話していました。
大きければ伝わると、どこかで思っていたのです。
実際は、そうではありませんでした。
目標は、小さくても響く声です。
声の響きは、その人自身。
いつも自分が何を感じているか、どう感じているかに気づいて、
その感じを大切にすること。
それが、幸せへの初めの一歩です。
なぜなら、感じている通りに行動できないとしたら、それは自分の人生ではないからです。
今感じていることを大切にできたなら、
毒母の呪縛からも、短時間で逃れることができたに違いない。
そう考えています。
私は、逃れるまでに大変な時間をかけてしまいました。
でも、大切なことを学びました。
それを、必要な人に伝えなければ。
そう思っています。
そのために、これからも活動します。
#毒母 #毒親 #生きづらい #声の学校 #毒親育ち #アダルトチルドレン #AC #悩み相談 #心理学 #生きづらさ #自己肯定感 #居場所 #どくおやっコぐらし